ナノ磁石の面白さ


27期 木村 崇
(理化学研究所/現在 東京大学物性研究所勤務)



高専卒業後、更に7年間も学生を続け、ようやく学位を手にした筆者であるが、26歳でも学生であるということへの世間の目は辛かったものである。この苦労に耐えたお陰か、今では半分趣味のような仕事をやらせてもらっている。語学力の無い筆者は、手記など書いたことが無いのであるが、せっかく依頼を頂いたので、自身の研究内容について、主観的ではあるが、その面白さについて述べたいと思う。ほんの少しの方でも、この分野に興味を持って頂ければ幸いである。

高専時代、とあるきっかけから数学や物理学の面白さを知った筆者が、現在もなお夢中になって研究を続けているのが『磁石』である。磁石は当たり前のようにこの世に存在しているが、物理的に考えると、『室温でも磁石が存在する(強磁性が生じる)』という事実は、『室温で超伝導が実現している』ということと同じぐらい特異な現象なのである。磁石が磁石と引っ付いたり、反発したりするのは子供でも知っていることで、その理由は簡単な電磁気学から理解できるのであるが、磁石がなぜ磁石なのかは、量子力学を考慮して初めて説明できる。『人類最古の機能性物質』であると言われながら、今でも未解明な問題が多々あるのは、磁石の奥深さを物語っている。

さて、筆者が興味を持っている磁石は数十〜百ナノメートル(nm) の大きさの大変小さいものである。現在の技術では、装置さえあれば(大変高価ではあるが)、ボタン操作でこのような磁石を容易に作製できるのが驚きである。さらに凄いのは、20nmの間隔で隣り合った二つの磁石の間に10nm幅の穴を掘ったりすることも可能で、いわばnmの単位で自由にデバイスを設計できるのである。高専卒業当時、世の中のもっとも小さい大きさがミリメートルのような間隔を持っていたが、今では、それは十分なスペースにさえ感じる。小学校の算数に『ナノメートル』という単位が登場する日も遠くはないのではなかろうか。と話が横にそれたが、筆者がなぜそのようなナノ磁石を作って喜んでいるかというと、実はそれらを使ってトランジスタやあらゆる論理回路を実現することができるからである。勿論それらは、単に動作するだけではなく、現在の半導体論理回路に比べ、サイズの小ささ、動作速度の速さ等様々な利点がある。すでに数社で試作も完了しており、市場に出回る日もそう遠くはないであろう。この他にも、ナノ磁石は、従来磁石でない物質でも、光を当てると磁石になったり、電流を流すと磁石になったりし、新しい機能性素子の可能性を秘めている。

『磁石の研究』と聞くと、何となく古めかしく、砂鉄をみて喜んでいるようなイメージがあると思うが、実は今後の半導体産業に代わり電子産業の中核となるかもしれないのである。古いけど新しい『小さな磁石の大きな可能性』に期待して頂きたい。




ノーベル物理学賞を受賞された Albert Fert 先生と東京大学物性研究所にて

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